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スタジアムのこと
アルビレックスの特集が朝日のスポーツ欄で掲載されていました。
いわゆるタダ券での集客にも言及されてました。
私の会社の同僚で新潟出身の方がこのことはよく話されていたので
集客戦術としては「有効」だったと思っていました。
ただ、現状をみるとチーム成績の影響もあり、あの大きなスタジアムが
一杯になることは無いようです。

確かに上位争いにも降格争いにも絡まないでJ1にいることで
「盛り上がらない」というのがよくわかります。
一方でW杯がきっかけで大規模スタジアムを作ったことが
結局のところ「足かせ」になっている気もするのです。

レイソルが「身の丈にあったスタジアム構想」を発表していましたが
Jリーグの今を想定すると現実的ではないかと。
アルディージャ、ジェフ、ヴァンフォーレ、ベガルタなどは
理想的なホームスタジアムをもっていると考えます。

大きなスタジアムありきでチームを運営せざるを得ない。
まあコンサもそのチームひとつ。

とはいえです。
理想は4万5万と入るゲームが何試合かコンスタントにあるべきで
それが日本でのJの目指すべきところであるとも思います。
となると
大都市圏にあり安定したスポンサーがいるチームが大きなスタジアムをもち
「盛り上がる環境」をつくり、J1上位で定着する。
地方都市のチームは身の丈にあったスタジアム1万5千くらいのスタジアムを
満員にする。

困ったことに
そうなってないどころか、大きなホームスタジアムをもつチームの
調子が悪い・・・・・・

となると
まずは地方都市のチームでコンスタント1万集客できるところが
増えることが現実的な目標ではないかと。

昨日の飛田給での人数をみるとため息がでてしまいます。
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by sakutaro9 | 2011-06-26 11:58 | 蹴球見聞録
急に晴れた午後に
細かいネタをだらだらと

4月の終わり頃、プランターに青しその種をまきました。
適当に間引いて元気のよいやつを6本選抜して育ててました。
虫に少しやられましたが本日初収穫!ためしに鮭とのりの混ぜご飯の素に
加えたら結構いけました。今年はなす、とうがらし、ミニトマトを
植えてますので、ちゃんと別カテゴリーで報告しなきゃ・・・
思いつつやれていない俺です。


選抜といえばAKB・・・
ネ申7の崩壊、そして柏木さんの時代か?
とはいえTOP2のふたりはダントツ・・・
プロデューサーとしては世代交代はゆっくり進んだほうが
カネになるでしょうから。モー娘の例からすればそうなんでしょうね。
我が家でも一昨日はその話題で盛り上がっていて、TV中継が
10位発表までに終わることに不満をもらし、ホントの選挙のときのように
テロップで速報流せと叫んでいたわが娘に笑うやらあきれるやら。
まあ真剣に考えなくてもいいか?

真剣に考えるといえば
今日の朝日新聞別刷「悩みのるつぼ」上野千鶴子さんの回答に拍手。
50代無職の男性は自殺の是非について回答を求めています。
自分の人生に後悔はないし、これから生きて
年金をもらうなら、そのカネは国にほかの事に役立ててほしい。
迷惑をかける親類縁者や知人友人はいないので自殺しても
何の問題もないのでは?

これにたいしてそもそもそんな質問をしてくる時点で
自殺するつもりははなからない。たんに回答者がどんな
答えを出してくるのかためしているのか?
本当に悩んでいるのならきちんと吐露しなさいと
ばっさり答えておりました。そして
「これだから男はめんどくさい」と締められてしまいました。

もしこの質問者が重大な壁にぶつかっていたとしても
それを一般的に置き換えて結論だけもとめてくるとしたら
それは男の「見栄」なのでしょうね。おとこはそうゆう動物です。

動物といえば
最近の「犬」頼みのTVはちょっと行き過ぎか?と
想いつつ日曜日の「マルモの掟」は楽しみにいています。
まあ、さらに子役を使っているから反則と言えば反則です。
ただ視聴者をひきつける「つぼ」は随所に撒き散らして
安心して観る事ができて少し泣けるくらいがちょうどいい。

今日はこのへんで。
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by sakutaro9 | 2011-06-11 17:47 | 日々書殴
お医者さんのこと
これは完全備忘録です。

父の入院したのは2月半ばですが、心臓病と診断されてからは約2年になります。
難しいことは説明できませんが、いわゆる「動脈硬化」で心臓の中で血が流れなくなり
心臓の弁もきちんと動かない。つまり機能していないので、水分の調整ができないことから
肺に水がたまる症状です。巷でよく耳にする「バイパス手術」や「カテーテル」などの
外科的手技は高年齢でリスクがあるし、回復する可能性も低いので積極的に
お勧めできないというのがお医者さんの見解です。なので内科的治療→点滴、投薬、注射と
なったわけです。

このこと自体は何の問題もなく納得しています。

父の主治医はとても丁寧に説明してくれるし感謝しています。
内地の病院ならとっくに追い出されているでしょう。


私も義理の父で経験していることから2月の段階で
「長期化することで介護申請について相談したい」と
伝えましたが、そのときはやんわりと否定されました。

また
5月のはじめにかなり錯乱している状況から
「あばれる」可能性もあるのでは?拘束せざるを得なくなるのでは?
と質問しましたが、明確な答えがなくなんとなくスルーしたい気持ちが
見えてきました。

つまり
2月の段階からずっと、口にはださないけど「長くない」ことは
検査結果、経験上から確信していたんでしょう。

でも、予想に反してそうはなっていません。

先週話したときも、首かしげてましたしね・・・



義理の母ももうそろそろ限界ですね。老老介護ですから。
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by sakutaro9 | 2011-06-05 19:20 | 日々書殴
妻と子供たちへの手紙
ここ数日迷っていた。
私的なしかも明るいテーマではないので読む人は
不快になるのではないか?
私自身の人格に関わる事だから。


月曜日に実家から戻り、家族に伝えなければならないことがあった。
結論だけ言葉で言うのは簡単だがそれに至る説明は
難しいと想い手紙にした。



おじいちゃんが寝たきりになって3ヶ月が経ちました。
今ではスプーンも使うことができず食事が一人でできませんし、体を動かすことさえできない状態になってしまいました。4種類の点滴と酸素吸入器。毎食毎に8錠の薬と睡眠薬の注射で「生かされている」と言えます。
このことから「錯誤」「妄想」が酷く、「組織に殺される」とか「お前は騙されている」と言った発言を繰り返します。同時に見舞いに来た同級生の女性を妹と間違えたりしています。
でも、認知症ではないので、理路整然とした言い方もします。困ったことに「怒り」を表現することが多いのですが。

今日、こんなことがありました。おじいちゃんが
「親子の縁を切るなんてことは、普通父親が酔った勢い言う言葉で素面の息子が父親に対して縁を切るなんて言うことは普通じゃない」

私は
「確かに5年前にそう言った。でもそれはそのときの本心だし、今も変わらない」
そういった後、涙がボロボロでてきてとまらなくなりました。


親父にとって私は今でも「理想の息子」ではなく「期待はずれの息子」だといえます。
親父自身はスポーツ万能で40歳まで現役でバスケットと野球をやっていました。自分の子供が
自分と同じではないことに我慢ができなかったのでしょう。

小学校低学年の頃、キャッチボールをしていて私は受け損ない親父の投げたボールを顔面に食らいました。
その時言われたのは「お前が鈍いからだ」
鈍い動きが遅いスポーツのセンスがない運動神経が悪いぼさっとしている・・・同級生にいじめられる言葉ではなく父親から言われていたのです。本当に褒められた記憶が無い。

スキーは多少できたけど6年生までに検定の1級を取れなかったのでそこで自分自身もやる気をなくしていたら容赦なく言われました「だからお前は駄目なんだ」
さかのぼると、年長の時にオルガン教室に無理やり入れられて、発表会の前日に出ないと言って当日出なかった時
また無理やり会場に連れて行かれ観客席一番後ろで「お前は負けたんだ」といわれたりしました。

嫌なことは、小さいときの記憶でも鮮明なのです。


これだけだったら良かったのですが、決定的な事件が起こります。それは22歳のときに亡くなった母親に関連してきます。

母は私を生む前から体が弱く、私が小学1年のときに弟を生んだのですが、1週間で亡くなりました。その頃から
病気がちになり、おばあちゃんやおばさんの家に預けられ事が多かったです。そして小学5年のときに乳がんを発症し、私が中学3年のころは放射線治療の影響で再生不良性貧血となり入退院を繰り返していました。家に戻ってきたときに両親と私で話をしました。そのとき両親の離婚話が持ち上がっていました。理由は病気です。

親父は言いました
「もし離婚するとしたらどっちについていく?」
私はいまだに後悔しているのだけど
「おとうさん」といってしまった。母はあまり表情を変えなかったけど、父は次に言った。

「おまえはソウユウやつなんだ。金のことしか考えていない。そりゃ経済力のないかあさんにはついていかないよな」



この言葉が一番引っかかっている。自分の発言にも後悔している。
この頃からコミュニケーションをしなくなった。父親のことをなんて呼んでいたか思い出せないくらい話してなかった。

その後は、いかに楽して大学に行き、この家をでることしか考えなかった。
そしてその通りにことは進み、4年間の学費と仕送りをしてもらった。この4年間は楽しく有意義であった。

やはり、公務員にしたかった父の指示を無視し、就職を決め、かあさんとの結婚のことも一切相談しなった。

そして、時が経ち5年前の話となる。
交流が無い孫と嫁。息子に対する不満を3時間くらいぶつけられた。
そして
私は「縁を切る」と言った。


おじいちゃんは徐々に弱ってきているけれど寝たきりが続くかもしれないし、いきなり心不全で呼吸は止まるかもしれない。それは医者にもわからない。

今日、孫と嫁に会いたい、と言うか会わせろと言っていたが、数分後に私も含めて「ぶん殴ってやる」とも言います。
正直、私はあなたたちに「親父に一目あってほしい」とは言いづらい。
でも
親父がかわいそうな気持ちもある。
一度考えてほしい。





3人に順に読んでもらった後、嫁と長女は終始無言。
ただ
長男だけが口を開きました。


小学生くらいまでは「おじいちゃん」という意識が確かにあった。
でも、遠く離れていること、そして父さんとの仲がうまくいっていないことは
見聞きしてわかり始めた中学生くらいから意識がなくなってきた。
おじいちゃんがこうゆうことになって、学校を休んで北海道に
行かなければならない事態になることを、受け入れられない自分が
いることに悩んでいる・・・・・結果、儀礼として捉えてしまうことに
なることに・・・

長男は泣きながら話しました。

きちんと話してくれた長男に対して、いい息子に育ってくれたと
純粋に想いました。



結論はでません。

私以外の3人は、仕事や学業の優先度合を高くして
「いざとなったとき」も行動するかもしれません。

このようなことになった責任はすべて私にあるのです。
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by sakutaro9 | 2011-06-04 08:20 | 日々書殴